< 山旅日誌2026年・令和8年度 >

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  №28-2 広島旅 広島城&呉港などぶらり          <p1>

 7月10日[金](晴)  広島城見物して広島駅から呉港往復。   (№28-1へ


(広島城二の丸太鼓櫓) (地理院地図 GSI Maps利用、広島の地図)

※寺社など……広島城、護国神社、本町厳島神社、呉の大和ミュージアム、広島東照宮。


アーバイン広島(5:55)……JR広島駅(6:00)⇒⇒広島城入口(6:05)……広島城天主閣(6:10)……護国神社(6:15)……二の丸跡(6:30)……橋本町厳島神社(7:05)……(7:20)広島駅(7:37)⇒JR呉線呉駅(8:30)……呉港大和波止場(8:55)……大和ミュージアム(9:05)(9:20)……(9:30)JR呉駅(9:43)⇒JR呉線⇒(10:26)JR広島駅(10:45)……広島東照宮(11:00)(11:10)……(11:20)JR広島駅(11:43)⇒のぞみ22号⇒新横浜駅(15:15)⇒ブルーライン⇒横浜駅(15:50)⇒⇒JR藤沢(16:10)
  交通費(1100+510+510+19430+680=\22230)
 エアコン入切で寝起きの繰り返しは我が家と同じ、4時過ぎに起き上がる。外はまだ暗し。風呂に湯を張って朝風呂、風呂上がりは缶ビール、朝酒もとテレビ見ながら。5時になって一階フロントにある食堂へ、バイキング形式も少々戸惑った。年輩二人がもう来ていた。こぢんまりしたバイキング、種類は多くもトレーが中途な大きさで今一つ。それでもご飯おかわりなどして満足。
部屋で 展望
(ホテルの部屋で) (14階の部屋から広島市街展望 5:50)
広島市街
(アーバイン広島ホテル) (朝の広島市街)

 部屋に戻ってトイレなど済まして早めに宿を出る。広島駅へ出てタクシーで広島城へ。タクシーの運ちゃんは話し好きで呉港に船艦大和のミュージアムが出来たことも知った。それで時間があったら呉にでもと思ってタクシーを降りた。

大鳥居 (← 被爆も無事な護国神社大鳥居)

神額
(大鳥居の神額)
(← 広島城の壕)        .
壕
.      (広島城裏御門跡 →)


(広島城址碑)
    .(広島城天主閣見ゆ →)
裏御門跡
広島城

 良い天気で城址公園は映えていた。、護国神社の大鳥居を見て裏御門から城址へ。(後で知ったが爆心地から数百㍍の護国神社の大鳥居は角度が良かったのか倒壊をまぬがれ今もその勇姿をと)。まだ早いので城入城は無理かと思うも城址公園内は普通には入れた。運ちゃんい聞いた天主閣方向へ向かった。広島城旧跡は皆さん歩き回れていたので芝草の敷地をぶらり、クマゼミが鳴き声が聞こえて懐かしき思いにも。そうしてひょいと天守閣が見えて写真撮りながらその天主閣へ向かった。

(広島城・毛利輝元築城も原爆で倒壊・1958年再建の)

 やはり入口は人影なく、それに劣化してこの3月に閉場とあった。中に入ることは考えてなかったので天主閣を撮れれば良しと。阿川弘之の「春の城」では原爆に吹き飛ばされたまま、石垣が残るくらいだったのだ。その後再建された天主閣も老朽化で中に入れずと、もう来ることはないが。

狛犬 狛犬
(護国神社拝殿前の狛犬・昭和9年奉納・構え狛犬)
護国神社
(護国神社社殿) (拝殿の神額)

 来た方から反対側へと向かへば護国神社に出た。獅子山のような狛犬が直ぐ目についた。構え狛犬とか、後で知ったが、爆心地に近く社殿は粉々もこの狛犬は無事、現存と嬉しき。広島は鯉名物で、その彫り物も添えられていた。拝殿の神額もりっぱだった。晴れ上がってよく映えていた。拝礼に来る人も時折、信仰篤しと。

鯉昇り 狛犬 狛犬
(鯉昇り) (ブロンズの狛犬・被爆に負けじと)

 神楽殿もあった。3ッあった鳥居の一つは倒れず残ったとか、この拝殿前の鳥居は再建されたもの。この鳥居の傍らにある青銅製一対の狛犬も供出されず、原爆にも負けじと今ここにそのりっぱな姿を残していたのに感動の。

狛犬 鳥居 神額
(鳥居脇の狛犬) (拝殿前の鳥居) (その神額)
鳥居 中御門
(護国神社鳥居を後に) (中御門跡から)

 新しい鳥居を出て右手へ、中御門跡を抜けて橋を渡れば原爆にもめげなかったというユーカリの大木があった。爆心地から740㍍ここで被爆しましたと説明盤が。、その81回目の記念日をもうすぐ迎えるも緑をたたえ鬼気迫る樹勢だった。

ユーカリ
(被爆も跳ね返してのユーカリ、
今なお健在80年余り →)
ユーカリ

 元気をもらい、犬散歩の婦人にも笑顔で挨拶して二の丸のりっぱに復元した御門や櫓を見て城を後に、築城した毛利輝元の像もあった。掘りの櫓を背後に駅まで歩いてもたいしたことないと向かった。路面電車通り、バス停もあったが時刻表見ると15分待ちにそのまま歩く。

太鼓櫓 表御門
(二の丸の太鼓櫓) (広島城表御門)
表御門 (← 二の丸表御門櫓)     .

毛利輝元像
(広島城創った毛利輝元像)
(← 二の丸の太鼓櫓)      .
太鼓櫓

 YMCAのビルに被爆した名残のハマユウの花も見た。その花を後にネット調べで、原爆後にその球根を育て花を咲かせた人が平和を願い各地に配ったとか、それがあの原爆ドームで見たユリの花だったかと。それに大船観音の被爆悼む碑の傍にも咲いているようなことを、8月6日訪ねようかと思った。

(被爆の球根、ハマユウ咲き続いて→)

高層ビル
(広島駅南口に建設中の)
.      (三越デパート →)
ハマユウ
三越

三越デパートの横を抜けて行けば京橋川、橋から眺める両側の景は映えていた。その橋の左手に神社が見えて一回りして拝観に。昨日同じ所を歩いていたのは後で知って、橋本厳島神社と同じで狛犬をまた撮った。外人親子も拝んでいたのは原爆ドームに近いとこだったからか。

京橋川 京橋川
(橋から京橋川上下流眺めて)
神社 鳥居
(橋本町厳島神社) (その鳥居・明治38年奉納)
神額 狛犬 狛犬
(拝殿の神額) (厳島神社の狛犬)

そのまま広島駅に出て緑の窓口で帰りの新幹線切符購入、その時カメラを置いた横台が小さくカメラを落としてしまいレンズフードを壊してしまったのは失敗。切符はのぞみの窓側E席が取れてほっと。それまでの時間にタクシー運ちゃんに聞いた呉港の戦艦大和ミュージアムを見に行くことにする。
  丁度呉行きの電車があったが通勤時間帯で込んでいた。途中で座れたが車窓は陸側、それに知識も無く、その案内も目にせずで随分かかるなーと傍の女性に聞けば次の次が呉駅ですと。途中で待ち合わせなどもあり、1時間かかってようやく。呉は碁好きだったので呉清源のゴと読んでしまう。

呉駅
(JR呉駅) (中央桟橋ターミナル)
ミュージアム 呉港
(大和ミュージアム前) (呉港造船埠頭)
(埠頭公園に復元した大和の錨が) (戦艦大和の主砲、口径45㎝)
(潜水調査船シンカイ) (潜水艦あさしお実物も)

港町だったが駅周りはどこだか知れずゴチャゴチャ、案内標識で大和ミュージアムへ二階連絡歩道で向かっていく。まだ9時前だったので開いていないだろうと波止場公園に出る。こちらにも大和の復元した錨などがありぶらぶら。戻っていけば深海船や潜水艦なども、こちらは本物がそのまま展示と。

大和
(大和ミュージアムの戦艦大和↑、
.     1/10復元模型 →)
大和
大和
   
戦艦大和 大和
(上田毅八郞画伯の戦艦大和を挿入)

 時間になりミュージアムに行けば開展したばかりで入場券降り場には人の列が出来ていた。千円は高いと思うも購入してミュージアムに入る。3、4階建てのビルに天井まで開いてその中に十分のⅰ縮尺した大和が展示してあったが、ちょいとがっかりの、それでも順番通りに見学しながら撮っていく。展示室は他にもあり、プロペラ機や人間魚雷なども展示されて、幾分気も沈んだりと。

特効魚雷
(展示のゼロ戦) (同じく特高魚雷)

 後から後から入場者は増えて、結構人気があった。3月にリニューアルオープンで人気も高まったか。でももう2度目はないだろうと思った。まだ時間はあったがもう帰ろうと電車に。売店で缶ビール購入して空いた電車で飲みながら。座ったのは左海側で展望も良かった。来るときより結構早く広島に着いたような気分と。

大和 (← 展示の大和)       .

プスタ-
(←大和ミュージアム、↑ポスター)
ミュージアム
   
電車 車窓
(JR呉駅から電車で広島へ) (車窓、瀬戸内のある島)

帰りの新幹線を早めに変更と思うものぞみのE席、窓側なしで予定通り。それで時間があったので駅周りの寺社へと東照宮目指した。山の上に見える仏舎利塔までは時間ないのでその麓の寺社巡り。それでも結構歩いて右手にあった東照宮を訪ねた。
 その名の通り結構りっぱな神社、原爆で崩壊したのも同じ。阿川弘之が戦後見たときはその石垣と唐門は残っていたような。鳥居をくぐって石灯籠立ち並ぶ長い参道に結構な石段上って唐門くぐる。拝殿はそう大きくなかったが神額見て拝殿に拝礼だった。狛犬がなかったのは残念もそれなりに見るべき物は多く摂社も多かったが本殿周りを拝観して満足す。

(広島東照宮参道に石段、唐門 →)

鳥居
(広島東照宮の鳥居)
.       (東照宮唐門 →)
東照宮
唐門
拝殿 本殿
(東照宮拝殿) (その本殿)
鳥居 拝殿 フクロウ
(鳥居の神額) (東照宮の拝殿) (フクロウ像)

 さすがに梅雨明けの日差しはきつかった。参道階段下ってまた鳥居をくぐればもう時間となって広島駅へ戻って行く。前を行く女性が駅方向へ行くのでその後をだったが、右方向へ曲がっていくのには違うと、左へ向かうも変なところに入り込んでしまった。抜けて行けば駅へ出られると、でも業者専用の道だった。丁度いたその業者の一人に尋ねると、業者のつもりで行けば大丈夫と笑顔で。ザックをかついていたがそのまま抜ければ無事駅ビルのエレベーターに出た。
 駅では酒や弁当購入して新幹線ホームへ。結構な人の列がもう出来ていた。異邦人が多いのも変わらず。左窓側のE席で、隣はまだ来ずで缶ビール飲みながら穴子づくしの弁当食べる。隣は岡山から乗ってきた、少々太った男性だったがそう煩わしくなく車窓見ながら。さすがにのぞみは早く景色がビュンビュンだった。写真も撮るどころではなし。

広島駅 新幹線
(広島駅へ) (山陽新幹線さくら号)
のぞみ号 車内で
(11:43発のぞみ号に) (車内で飲食しながら)
車窓 横浜駅
(山陽の車窓) (JR横浜駅に 15:50)

 主要な駅しか停まることなくあっという間に大阪だった、微睡んだりしていたので気が付いたときは名古屋辺りだった。後はぼんやり東海道を、見知っているはずの東海道も久し振りだったので浜松を過ぎても見える景色が今一つはっきりしなかった。曇っていたので富士も見えずと。トンネル抜けるともう小田原だった。見覚えのある送電鉄塔に目をやりながら久し振りの新横浜に定刻通り15時15分。ここで勘違いして東急線でそのまま横浜へ行けるようになったかと、でも入り込んだ東急線と相鉄線は直接には横浜へ行けないと解って入り直し、結局地下鉄のブルーラインで横浜駅へ出た。藤沢に着いたのは16時15分だった。……(7月10日 №28-2)
 
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※ニコンデジカメD750、ズーム24~120㍉、300㍉ズーム、キャノンG7X使用。 (令和8年7月21日記録完)

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